浦和地方裁判所 事件番号不詳 決定
主文
本件請求はいずれもこれを却下する。
理由
検事の本件請求の要旨は、「被請求人飯田隆淑は、昭和二十八年三月二十四日大宮簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受け、同判決は同年四月八日確定したものであるところ、同年二月十七日宇都宮簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受け、同判決は同年三月四日確定していたことが発覚したから、刑法第二十六条の二第三号及び第二十六条の三の規定に基き右全部の執行猶予の言渡の取消を求める。」というのである。
取調の結果によれば、被請求人が右請求の要旨記載のような二個の執行猶予の言渡を受けたこと、並びに大宮簡易裁判所の審理においてはさきに宇都宮簡易裁判所で言渡されていた前刑の存在は明かにされることなく、その後に至つてこれが発覚するに至つたことは一件記録に徴し十分肯認できるところである。
思うに、刑法第二十六条の二第三号の規定は同法第二十五条第二項によつて執行猶予の再犯についても所謂保護観察附の執行猶予ができることとなつたのに対応して設けられたもので、若し既にその執行を猶予されている初犯の刑が再犯についての裁判当時判明していたとしても尚且つ再度の執行猶予を附すべき事情が推測される場合には前の執行猶予の言渡は取消さるべきではないとしなければならないため、その取消の可否を裁判所の裁量に委ね、取消の手続が行われぬときは保護観察の附せられていない再度の執行猶予の言渡の効力をそのまま維持せしめたことを認容したるものであることはいうまでもない。従つて、第二十六条の二第三号に該当する事案については右の如き推測が働くかどうかの事情を先ず考慮すべきこと勿論である。しかし一方、執行猶予を附せられた刑の刑期は一般にそれが実刑を選ばれたならば処せられるであろう刑期よりもかえつて長いという実情は無視し難い上、初犯の刑が再犯についての裁判当時判明しており、そのため当該裁判所が実刑を科するに出でたとしても前の執行猶予の言渡の取消さるべきことに鑑み再犯の刑期を若干短縮するようなことも亦実務上往々認め得られるところである。しかも第二十六条の二第三号に該当する事案については前の執行猶予の言渡が取消されるときは後の執行猶予の言渡も第二十六条の三により必然的に取消され、被請求人はその余の取消事由に当る場合と異り前後両刑を現実に執行される結果、後の執行猶予の言渡が取消されると否とでは被請求人の苦痛は甚だしく懸隔するものといわなければならない。そして被請求人は捜査乃至公判審理において必ずしも自己の前科について申述しなければならぬ義務を負担するものではなく、その申述しなかつたことの故を以て事後において制裁を科せらるべきはずのものでもないことはもとより、前刑の発覚を原因として既に確定した執行猶予の言渡を取消しその法的安全を害する処分を行うについては特段の考慮を払い、殊更な不利益を蒙らしめることのないようにしなければならないのである。してみれば、第二十六条第三号は、再犯についての裁判において既に執行猶予を附せられた前の刑が判明していたならば再度の執行猶予を附しなかつたであろうと推測せしむべき事情の存することだけでは足りず、再度の執行猶予の言渡を維持することが妥当を欠くと考えられる場合にのみその適用を限るのが同条を裁量的取消と定めた法の趣旨に合する所以であろうと思料する。
以上の点を考慮しつつ飜つて本件を見ると、被請求人の再度の犯行は前の犯行についての判決言渡直後僅々十余日の間になされたものとはいえ、酔余新品オーバー一着を窃取したが間もなく逮捕され実害も生ずることはなかつたことが記録上看取できる。かかる犯情からは、その裁判において保護観察附の執行猶予の言渡をなす余地は全くなかつたであろうと見ることは困難であり本件再度の執行猶予の言渡をそのまま維持することが具体的に妥当を欠くとは到底断じ得ない。従つて本件大宮簡易裁判所における再度の執行猶予の言渡はこれを取消すべきではないのみならず、そこでまた宇都宮簡易裁判所における最初の執行猶予も当然取消すべきでないことに帰することも論をまたないところである。
よつて検事の本件請求はいずれも却下することとして主文の通り決定する。
(裁判官 萩原太郎)